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山桜花男

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浮いた時間はどこへ

小生発行のメルマガ 最新号です。


【幸せ未来学】vol.52 〜浮いた時間はどこへ〜

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世界偉人伝
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小学生の頃、図書室に全20巻くらい「世界偉人伝シリーズ」がありました。

それらを一冊づつ順番に全部読破した記憶が、私にはあります。なぜか覚えているのです。

「エジソン、マゼラン、キュリー夫人、コロンブス、野口英世…。」

読み進むうちに、誰か大人に質問しました。

『昔の人はこんなに色々なものを発明したり発見したりしてるから、ボクが大人になる頃にはもう発見する事なんて無くなってるんじゃないの?』

父だったか、母だったか、兄だったか? 

大人は微笑むだけではっきりとは答えてくれませんでした。


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そんなに働かなくってもいい?
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その頃だったか、もう少し大きくなってからか、こうも思いました。

『世の中、ドンドン便利になって、ボクが大人になる頃には、そんなに働かなくてよくなってるんじゃないかなあ』って。

今となっては「笑い話」ですが、今でも私はあの頃の思いを覚えているのです。

みなさんは、そんな風に考えたことはありませんか?


新しい発明、発見などの新技術は、私たちをより楽にしてくれるはずだった。

骨折りや労苦の時間を省いてくれる。時間を「浮かしてくれる」はずのものだった。

なのに、「浮いている」時間は私たちの周りには見当たらない。

なぜでしょうか?


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浮いた時間はどこへ?
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答えの一端を見つけました。

20世紀を代表する技術、自動車。その自動車について、文明評論家のザックスさんはこう言っています。[1]


たとえば、Aさんが車を買います。

これまでの通勤、子どもの送り迎え、買い物の際の不便がこれで解消します。

つまり、これらの用事が、もっと速く、簡単に(より短い時間と労力で)できる、とAさんは考えていたはず。

しかし、彼はそこでホッとして、車のおかげで浮いた時間は余暇としてのんびりと楽しむかといえば、それはおそらく違います。

せっかく車という便利なものがあるのだからと、せっせといろいろな所に、もっと頻繁に出かけるようになるでしょう。

車があるのだから、今まで行けなかったような不便な場所や遠い所へも出かけていこう、と。

だから、自動車という新技術を手に入れたAさんは、いっこうに忙しいばかりで、「浮いた時間」を手にすることはないのです。

『人間の欲望は限りがない』ということなのでしょうか?


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スローライフとファストライフ
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このところ、今号も、スローライフについて考察しています。

とはいっても、発行人の私は、平日は都会の企業人。日頃は、スローライフとは真逆のファストライフを余儀なくされています。みなさんもきっと同じことでしょう。

最近こう考えるのです。

今の時代は、ファストライフからスローライフへの過渡期の時代。徐々にスピードをゆるめていく(べき)時代。

だから、昼間はファストライフ人、それ以外はスローライフ人。

そんな2面性を持って、この世知辛い世の中、ファストライフ一辺倒な世の中を過ごしていくのも、楽しいんじゃないかなあって。意義あるんじゃないかなあって。

そして、「浮いた時間」は、できることなら有意義に、スローに活用していけたらなあって。

そんな風に考えているのです。


今号も最後までご精読ありがとうございました。


◆ 出典・参考
1.スロー・イズ・ビューティフル―遅さとしての文化 (平凡社ライブラリー)
http://tinyurl.com/3o4fe9

競争の意義

久しぶりに、小生発行のメルマガの最新号です。


【幸せ未来学】vol.49 〜競争の意義〜

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障害物競走
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「お父さんは走るの速くなかったから徒競走ではなかなか1番になれなかったけど、障害物競走でたまたまウマくいって、1番になったことがあるんだ。あの時は嬉しかったなあ。」

「ふーん」

運動会を楽しみにしている小学4年の次女との会話です。

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大切なのは?
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途中に障害や罠があって、それを乗り越えていく障害物競走は、「人生」のようなものかもしれませんね。

ただ、障害物競走は走者全員に共通な障害物が立ちはだかりますが、実際の人生では、人それぞれに障害物の数や大きさが違います。

重要なことは、その障害物を「いかに乗り越えようとするか」。
時間がかかってもいい。誰かに頼ってもいい。乗り越えようとする「意志」が大切な気がします。

4年前のアテネオリンピック。金メダリストがドーピングで失格となり、繰上げで金メダルを獲得したハンマー投げの室伏広治さん。金メダルの数に一喜一憂する世間に対してこんなコメントを残していました。

 「大切なのは、金メダルを獲ることではない。金メダルを獲ろうと努力する過程が、大切なのです。」

親子2代に渡って世界的なアスリートの言葉。含蓄がありますね。
人生の障害物競走も、乗り越えようと努力する過程が大切なのでしょう。

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学力の競争
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競争と言えば、学力の競争もあります。

国際的な学力調査「国際学習到達度調査(PISA)」では、日本は低迷を続けています。世界一はフィンランド。
福田誠治・都留文科大教授は、フィンランドの教育の神髄を2つあげています。[1]

1.正解を先回りして教えない

理科の授業では、まず実験。様々な現象を見させて、各自が仮説をたてる。自分とは違う意見にも耳を傾け、もう一度考えてみる。教師が理論を説明するのは一番最後。正解を先に教えると、その時点で思考が止まってしまう。

2.他人と競わせないこと

競争させると順位に関心が向いて、考えることの興味がそがれる。テストは各自がどこでつまづいているかを確認し、補うためのもの。

フィンランドセンター所長は、こう言います。
 「競争させて順位をつけて、何かいいことがありますか」
 「下の子はやる気をなくし、上の子は自分が優秀だと思い込む。どちらの人生にとってもいい影響はないでしょう」と。

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競争の意義?
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フィンランドセンター所長の「競争させて順位をつけて、何かいいことがありますか」という言葉。深く考えさせられます。

ここ日本では、幼いころは「学力競争」。大人になってからは「出世競争」や「売上競争」。「競争」に急き立てられているとも言えます。

「競争」していいことは、本当はあまり無いのかもしれません。「競争」に意義を求めるとすれば、
 『今の順位を確認し、次はどうすればより上位になれるかを考え努力する』
そんな前向きな心を養えればいいのかなと思います。

まさに室伏さんが言うように、
 「金メダルは結果でしかなく、その過程が大切」なのでしょう。


気づいたことがあります。
  
  オリンピックで金メダルを目指せる人は、ごく限られた人ですが…、何かの目標に向け努力する過程は、誰でも万人が楽しむことができる。

それと、

  競争を『あくどく』勝ち抜こうとするところに、昨今巷で散見される「不正」や「偽装」が芽生えてしまうのではないでしょか。


今号も最後までご精読ありがとうございました。


◆ 出典・参考
1.朝日新聞 2008/1/7 社説「アポロ13号に教育を学ぶ」
(全文は下記に。但し閲覧はPCのみ可)
http://www.asahi.com/shimbun/teigen/teigen11.html

◆ あとがき
ちなみに、フィンランドなど北欧の大学の授業料はタダ。確か留学生もタダ。未来を拓く子供たちを大切にしている象徴だそうです。

家の娘達にも「北欧の大学に留学もいいんじゃない?」と勧めたことがありますが、今のところ親元からは離れたくないらしく、軽〜く却下されちゃいました。

それでは、次号もお楽しみに。

国民総幸福量

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「国民総幸福量」

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GNPは国民総生産。PのProductをH(Happiness)に置換えたのが、
「国民総幸福量」です。

1972年、弱冠16歳という若さで即位した国王のもと、ヒマラヤ
の秘境ブータン王国が「国民総幸福量」という価値観を国是とし、
世界の中で異例ともいえるこのヴィジョンに真剣に取り組んだ。

ブータン王国は総人口70万人足らずの農業国で、起伏の激しい
国土の総面積は九州程度。

『「国民総幸福量」の概念はこう説かれている。目的と手段を混同
してはいけない。経済成長自体が国家の目標であってはならない。
目標はただひとつ、国民の幸せに尽きる。経済成長は幸せを求め
るために必要な数多い手段のうちのひとつでしかない。…』
(「選択」5月号「ブータン発「国民総幸福量」という価値観」より)

つまり、ブータン王国では人間中心の政策をとっている。
その根底にはチベット仏教の「利他心」がある。それは、全ての生き
とし生けるものに対し、思いやりと親愛の情をもって接することであ
り、全ては相互に依存しあって生きていることを自覚することである。

どうすれば他者を苦しみから救うことができるのか、どうすればよ
りよい心の平安が得られるのかを考え、自らが行動する。そうして
得られた他者の幸せはやがて自らの喜びとなってはね反ってくる。
ブータン王国はこの心の豊かさに重点を置き、それを追求し、
30年経過した今、年率平均7%前後の高度経済成長を持続させて
いる。

注視した世界のエコノミストは、ブータン王国へ現地調査に赴いた。
『彼らは、情緒体験の感動に打たれ、皆口を揃えたように、
  「自分の心のふるさとに帰ったように思えてならない。」
と報告しはじめた。』
(以上、[1]より)

━━━━━━━━━━
日本の場合…そして心の救世主

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(引き続き、[1]より)

日本は近代化を推進するうえで目的と手段を見誤ったようである。
ひたすらに高度経済成長を追求した結果、物質的豊かさは十二分に
得られはしたが、心はないがしろ、置き去りにされ、今日の日本人の
精神的退廃は押して知るべしである。
かつての安全神話は崩れ去り、社会不安は増大の一途をたどり、
か弱き小さきものへの虐待は歯止めが効かず、年間3万人以上と
いわれる自殺者も後を絶たず、この国から心の豊かさは消え失せ
ようとしている。

経済的豊かさにより私たちは自由を勝ち得たように思ったが、私た
ちは勝手気ままに行動することにより、お金さえあればひとりでも
生きていけると思い上がった。そうして他者に対する想像力の欠如
が生まれた。利他心や慈悲心をなくし、自己中心的な考えしかでき
なくなった。お互いが持ちつ持たれつの相互依存で生きていること
など私たちはすっかり忘れてしまった。

日本という国の再生に向けて私たちがしなければならないのは、
ブータン王国のような人間中心の政策をとることである。そのため
には、私たちひとりひとりの『心の中にある救世主』
まず覚醒する必要があると私は思うが、どうか。

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国民総幸福量と幸せ未来学

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最後の問いかけ。「と私は思うが、どうか。」に対する私の答えは、
「まったくその通り」です。みなさんはいかがですか?

ふっと気づいた事があります。
私たちが目指す未来の理想像は経済成長前の姿にあり。

  「未来の姿は、過去の姿」

だとすると…、
「未来の姿が見えない、見当もつかない」より、気が楽になりませんか?
もちろん、過去の姿や心を取り戻すのは容易なことではありませんが。
「歴史は繰り返される」とも言いますし。いい意味で。

[2]からブータンの写真が見られます。
それは、私が幼い頃、昭和の頃に馴染んだ風景に似ています。今でも
みなさんの生まれ故郷に残っている風情ではありませんか?

今号も最後までご精読ありがとうございました。


◆ 出典・参考

[1].「国民総幸福量」という人間中心の価値観
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k6/160530.htm

[2].第12話 国民総幸福量(Gross National Happiness)
http://eco.goo.ne.jp/life/world/bhutan/report12/01.html


**最後までお読みいただきありがとうございます**

上記は、
拙者メルマガ 【幸せ未来学】vol.16 〜国民総幸福量〜 
からの引用でした。


最近、
ブータンで、初の総選挙が行なわれました。
急速に先進国文化が流入しているそうです。

  ・携帯やテレビが普及
  ・子供たちはテレビを見て勉強しなくなった
  ・子供たちは民族衣装を着なくなった

急激な変化に大人たちは戸惑っています。



どんなに発展しても、どんなに便利になっても、

『心の中にある救世主』だけは

見失わずにいてほしいものです。

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