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国民総幸福量

━━━━━━━━━━
「国民総幸福量」

-----------------------
GNPは国民総生産。PのProductをH(Happiness)に置換えたのが、
「国民総幸福量」です。

1972年、弱冠16歳という若さで即位した国王のもと、ヒマラヤ
の秘境ブータン王国が「国民総幸福量」という価値観を国是とし、
世界の中で異例ともいえるこのヴィジョンに真剣に取り組んだ。

ブータン王国は総人口70万人足らずの農業国で、起伏の激しい
国土の総面積は九州程度。

『「国民総幸福量」の概念はこう説かれている。目的と手段を混同
してはいけない。経済成長自体が国家の目標であってはならない。
目標はただひとつ、国民の幸せに尽きる。経済成長は幸せを求め
るために必要な数多い手段のうちのひとつでしかない。…』
(「選択」5月号「ブータン発「国民総幸福量」という価値観」より)

つまり、ブータン王国では人間中心の政策をとっている。
その根底にはチベット仏教の「利他心」がある。それは、全ての生き
とし生けるものに対し、思いやりと親愛の情をもって接することであ
り、全ては相互に依存しあって生きていることを自覚することである。

どうすれば他者を苦しみから救うことができるのか、どうすればよ
りよい心の平安が得られるのかを考え、自らが行動する。そうして
得られた他者の幸せはやがて自らの喜びとなってはね反ってくる。
ブータン王国はこの心の豊かさに重点を置き、それを追求し、
30年経過した今、年率平均7%前後の高度経済成長を持続させて
いる。

注視した世界のエコノミストは、ブータン王国へ現地調査に赴いた。
『彼らは、情緒体験の感動に打たれ、皆口を揃えたように、
  「自分の心のふるさとに帰ったように思えてならない。」
と報告しはじめた。』
(以上、[1]より)

━━━━━━━━━━
日本の場合…そして心の救世主

-----------------------
(引き続き、[1]より)

日本は近代化を推進するうえで目的と手段を見誤ったようである。
ひたすらに高度経済成長を追求した結果、物質的豊かさは十二分に
得られはしたが、心はないがしろ、置き去りにされ、今日の日本人の
精神的退廃は押して知るべしである。
かつての安全神話は崩れ去り、社会不安は増大の一途をたどり、
か弱き小さきものへの虐待は歯止めが効かず、年間3万人以上と
いわれる自殺者も後を絶たず、この国から心の豊かさは消え失せ
ようとしている。

経済的豊かさにより私たちは自由を勝ち得たように思ったが、私た
ちは勝手気ままに行動することにより、お金さえあればひとりでも
生きていけると思い上がった。そうして他者に対する想像力の欠如
が生まれた。利他心や慈悲心をなくし、自己中心的な考えしかでき
なくなった。お互いが持ちつ持たれつの相互依存で生きていること
など私たちはすっかり忘れてしまった。

日本という国の再生に向けて私たちがしなければならないのは、
ブータン王国のような人間中心の政策をとることである。そのため
には、私たちひとりひとりの『心の中にある救世主』
まず覚醒する必要があると私は思うが、どうか。

━━━━━━━━━━
国民総幸福量と幸せ未来学

-----------------------
最後の問いかけ。「と私は思うが、どうか。」に対する私の答えは、
「まったくその通り」です。みなさんはいかがですか?

ふっと気づいた事があります。
私たちが目指す未来の理想像は経済成長前の姿にあり。

  「未来の姿は、過去の姿」

だとすると…、
「未来の姿が見えない、見当もつかない」より、気が楽になりませんか?
もちろん、過去の姿や心を取り戻すのは容易なことではありませんが。
「歴史は繰り返される」とも言いますし。いい意味で。

[2]からブータンの写真が見られます。
それは、私が幼い頃、昭和の頃に馴染んだ風景に似ています。今でも
みなさんの生まれ故郷に残っている風情ではありませんか?

今号も最後までご精読ありがとうございました。


◆ 出典・参考

[1].「国民総幸福量」という人間中心の価値観
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k6/160530.htm

[2].第12話 国民総幸福量(Gross National Happiness)
http://eco.goo.ne.jp/life/world/bhutan/report12/01.html


**最後までお読みいただきありがとうございます**

上記は、
拙者メルマガ 【幸せ未来学】vol.16 ~国民総幸福量~ 
からの引用でした。


最近、
ブータンで、初の総選挙が行なわれました。
急速に先進国文化が流入しているそうです。

  ・携帯やテレビが普及
  ・子供たちはテレビを見て勉強しなくなった
  ・子供たちは民族衣装を着なくなった

急激な変化に大人たちは戸惑っています。



どんなに発展しても、どんなに便利になっても、

『心の中にある救世主』だけは

見失わずにいてほしいものです。

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コメント

素晴らしい国ですね。
>目的と手段を混同してはいけない
これは私もよく思います。
戦後多くを失ったわが国はもちろん皆力をあわせ、国を又立て直すために経済の発展を目標に頑張ってきましたが、今ではただ単に自我欲の奴隷となってしまい、心は本当に砂漠のように枯れ果ててしまっています。
これを何とか阻止して、この砂漠に潤いを与えなければなりませんね。
そしてそれは誰か他の人がやるのではなく、自分の心には自分でその潤いを与える努力をしなければならないと思います。
皆の心の中にある救世主に目を向け、「利他心」を持ち、「どうすれば他者を苦しみから救うことができるのか、どうすればよりよい心の平安が得られるのかを考え、自らが行動する」といぅ精神で生きていける人間が増えればと思います。
不思議ですが私も同じようなことを思っていました。
人はこの情報の溢れる社会で多くの知識を得、富を得、まだまだ次々新しい知識をくっつけようと必死ですが、案外単純な、人として大切なことは当たり前のくだらないこと・・・程度の思いしかないのかもしれません。
子供の様なピュアな視線もう一度取り戻して欲しいものですね!


yukoさんへ

心のこもった長文コメント、いつもありがと~。おっしゃる通りですね。

>人として大切なことは当たり前のくだらないこと・・・
私の好きなくだりを思い出しました。
紀元前の思想家 孔子。
「人間が生涯大切にしなければならないものは何でしょうか?」との弟子の問いに、孔子は、
「恕であろうか」 (「恕」とは「思いやり」のこと)
と答えたそうです。

2000年以上経った今も変わりませんね。
今こそ大切ですね。

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